article

伝統と創造茶道と建築音楽と建築職人との協働生活と設計あるべきようは

独立して自宅の一室に事務所を構えてから、それまでよりも多くの時間を家で家族とともに過ごすようになりました。現場に出掛けず家で図面を描いたりしている日には、三食とも家族と一緒にしたり、三時のおやつも子供と一緒に食べたりしています。また掃除機をあてながら幅木について考えたり、洗濯物をとりこんだり、たたみながら、物干し場の場所や収納場所について考えたり、食器を洗いながら音楽を聴いて考え事をしたり、赤ちゃんを背負ってウロウロしながら計画案を練ったり、生活のリアリティにどっぷりつかった中から、はじめて見えてくる住宅設計のヒントというものがあるように感じています。またこうした日常生活のなかにこそ、お茶のお稽古で学んだ様々な事を実践する場があるように思います。別無工夫(べつにくふうなし)という禅語があるように、坐禅などをしなくても日常生活の場は禅の修行の場になりうるのではないかと思います。また生活の器である住宅を設計をする上で、アアルトの次の言葉は、古今東西の違いなく、普遍的で重要なことであるように思います。「人間の一生は悲劇と喜劇の取り合わせです。私たちの身の回りにあるデザインや形あるものは、この悲喜こもごもの日々を伴奏する音楽なのです。家具、布、色のスキーム、建物は、人間の悲しみや喜びに自然に寄り添うよう、適切で誠実につくられたものであるべきです。」

岩崎建築研究室